1日目(1月12日)
現在、歯科医へ通院中である。神経を抜いてある歯の根元が炎症で痛み出し、歯冠とその土台を全部削り取って、一から治療をし直しているのだ。
先日、ある程度治療が進んで、やっと歯冠の土台を入れるところまでこぎつけた。土台を入れた後で先生が言った。
「痛みが出るかどうか調べますので、今は仮のセメントで土台をつけてあります。一週間後にまた来て下さい」。
私は今回の旅行を控えていたので思わず言った。
「あの……1週間休暇を押さえてあって旅行に出るので、今度は2週間先しか来られないのですが……」
すると歯科医氏は、う~んと首をひねり
「まぁ……2週間くらいならもつとは思いますが……仮セメントですから取れる場合もあります。もし取れてしまったら、土台は必ず持ち帰って来て下さい」。
そんな訳で、ヒヤヒヤな旅行に出ることと相成った。
それと、昨年も同じ時期に札幌方面へ旅行し、大雪に降られて見事に玉砕した。それもヒヤヒヤの一因ではある。
さて、と。
前夜の内に新幹線で東京まで出ておいた。だから正式には今日は「2日目」になるが、東海道新幹線を一々記述する必要もないので、実質今日が旅立ちなのだ。

上野を7時38分に出る「はやて」で北へ向かう。
新白河辺りで一旦見え出した雪が、白石蔵王を過ぎて仙台へ近付くと少なくなる。流石に仙台に人口が集中するのが理解できる。盛岡を過ぎ、各駅に停車しながら新青森へ定刻着。
新青森からは
スーパー白鳥の客となる。まだ居るのは本州だが、列車のカラーが北海道なので、既に北海道へ来た気分になる。
新青森は対向列車待ちのため、9分遅れて発車。遅れはそのまま取り戻せず、青函トンネルをくぐる。これで名実共に「北海道へ来た」ことになる。
遅れは更に拡大して、結局10分遅れで函館のホームへ滑り込む。函館では16分乗り継ぎの「北斗」で札幌へ向かう予定だが、遅れのため乗り継ぎ時間は6分しかない。然も函館からは自由席にしてある。急いで乗り継いで、兎に角空いている窓側席に座らせてもらう。車内は
座れるのが僥倖なくらい満席であった。函館で既に立ち席客が出たくらいだ。
八雲、長万部、伊達紋別と順調に過ぎるが、東室蘭からどっとお客が乗り出した。通路にも立ち席の方が溢れている。「早く中に入れ!」と怒鳴る御仁もいるぐらいだ。本当に席につけただけでも有難い。
満席状態は南千歳まで続いた。お客の乗り降りのために列車も7分遅れている。このままだと多分、札幌へは10分遅れぐらいに到着するだろうとの予想通りになった。
ともあれ、札幌へ着いた。駅前の温度計が-7度と表示している。札幌在住の方から「とんでもない寒波が来ています」と言われていたが、その通りである。
取り敢えず宿へチェックインし、直ぐに★へ出掛ける。こちらへ在住のWさんから勧められた店もあるので、そこへも行った。結果的にハシゴしてしまった。1泊目から贅沢をしてしまったものだ。
飲食の間、歯の土台の仮セメントの味がしてヒヤヒヤする。が、今日のところは大丈夫なようであった。
2日目(1月13日)
朝は5時半過ぎに起きる。札沼線の石狩当別より先、豊ヶ岡へ行きたいのだ。そのために行程を練ったら、6時16分の札沼線一番列車で出なければ仕方ないことが判明したのである。
6時早々に札幌駅ホームへ上がる。早朝の札幌駅は各方面への回送列車がかなり多いことを知る。自分が居る対面の9番線にも「回送列車が入ります」とのアナウンスが入ったが、見ていたら
何とラッセル車であった。何線を走ってきたものか判らないけれど、札幌駅でラッセルにお目にかかれるとは思っていなかったから、思わぬ眼福である。
6時16分の石狩当別行は予定通りに発車した。篠路を過ぎた辺りで
空が白み始める。早起きは辛いが、見ていると気持ちのいいものではある。
石狩当別からは3分接続で豊ヶ岡方面の浦臼行がある。ところが当別到着アナウンスで「本日、大雪の影響のため、浦臼行は運休します。ご乗車の方は駅前から代行バスにお乗り下さい」と言う。代行バスの写真を撮ったところで仕方がない。困って駅員に尋ねると「次の7時51分発、新十津川行は運転の予定ですからそれまでお待ち下さい」と言われた。早起きは三文くらい損をした。
発車案内を当てにして、7時51分を待つ。発車10分前にやっと「新十津川行、改札を始めます」と言われ、早速乗り込む。
ところが運転士氏が「えー、この先の除雪に時間がかかっております。次の北海道医療大学までは運転できますがその先の除雪に40分ほどかかると連絡がありました。石狩月形方面へお越しの方、挙手を願います」と言う。私も含めて20人くらいが挙手する。それを見てウテシ氏は列車から改札方面へ消えてしまった。
暫くするとウテシ氏が戻ってきて「月形方面へのお客様、タクシーで代行致します。駅の南口へお越し下さい」。また、列車から下りる羽目になった。駅員に尋ねると、もう一本あとの新十津川行からは確実に運転できると言う。撮影できる列車が限られるが、タクシーが無料で使えるならと、私も代行乗り場へ赴く。
相乗りになったタクシーで、石狩月形へ急ぐ。私以外の二人は月形でいいと言う。が、私はその先の駅へ行きたいのだ、と言うと、タクシーの運転手さんは「駅の場所、判んないなあ」と言い出す。結局相乗りのお客の一人が「俺、大体判るから、案内してあげるよ。豊ヶ岡へ先に行ってやりな」と言ってくれる。
結局、9時15分頃にやっと豊ヶ岡駅へ辿り着いた。次にここへ来る列車は11時56分発だから、半日玉砕したも同じである。
豊ヶ岡駅から札比内方面を見た線路の状況。
廃線跡みたいで、本当にこれで列車が通れるのだろうか。そう思っていたら、9時50分頃にハイモが通り過ぎて行って、線路が見えるようになった。これなら大丈夫だろうと安堵する。
11時56分の列車を駅撮りし、折り返し13時38分の列車で石狩当別乗換え・拓北まで戻る。ここまで戻れば列車本数も多いし安心して撮影できる。電化前の札沼線の姿を撮って、早いけれども15時半過ぎの列車で札幌へ戻った。
幾つかの用事を済ませ、再びJRの改札をくぐる。夜は森林公園駅の近くでvanagon714さんとtunnel_no2さんとのプチ★会のお約束があるのだ。
お二人とお会いし、居酒屋で看板まで「鉄話」に花を咲かせていた。半日は潰されたけど、後半の半日は充実した日であった。
明日、3日目はちょっとした団体行動になる予定なので、模様は後日別記としたい。
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